2012/06/06

家族八景




作者 筒井康隆
文庫初版 1975年


1970年代後半
SF小説なる分野に読書傾向が偏った一時期
小松左京、星新一、そしてこの筒井康隆が
私の3大スターだった

小松左京も星新一も故人となってしまったが
この方は白髪、着流しの、シブイおじちゃまになって
関西ローカルの深夜番組で
たまあ〜にコメンテーターなどなさってる

「家族八景」
主人公の火田七瀬は人の心が読めてしまう
超能力者なのである
高校を卒業して18歳で
お手伝いさんとして様々な家庭に住み込み働く
一話完結で8編
8家族の風景を映しだしている

どんな家庭でも、その家庭の事情がある
気付かないふりをして
なんとなく調子を合わせて平衡を保っているところへ
「七瀬」という異分子が入る事で
自分の家の「不自然さ」に気付いてしまうようだ
美人で色っぽい18歳のお手伝いさんが来たら
オトーサンやムスコの心の中は
いやらしい妄想でいっぱいになり
七瀬にはその心の声が聞こえるんだから
大変!

この本を初めて読んだ中学生の頃は
「もし今私の心が誰かに読まれていたらどうしよう」
などと想像して
「考えない訓練」などもしてみたが…
ちっとも実らないで今に至る

35年以上前に書かれた小説のせいなのか
そういう意図なのか
登場人物の心の弱さ、執着
そのへんの心理合戦が
ものすごく大げさでドロドロしている

「七瀬」という人物の描き方にも
作者自身の18歳処女に対する
「おっさんの妄想」が色濃く出ているように思う
七瀬は傷つきやすい繊細な18歳として
描かれてるのではなく
シニカルで少し意地悪な面もあったりする
性格に設定されている
しかも
老いも若きも七瀬を見たら
「イヤラシイ気持ち」にすぐなってしまうようだけど
みんながみんなそんな妄想するかあ?
と突っ込みたくなる

再読してみて
中学生の頃に読んで感じた感想とは
まったく違う気持ちがわいてくる

いい意味で、これが書かれた時代の欲望は
ストレートで理解しやすい
そしてそれを求める気持ちの強さは
なんというか…ギドギドの肉食系なのだ

時代は随分変わり
草食系なる人物像が受け入れられる今
「欲望」の種類は多様化して
あまりにわかりにくい
そして隠す事に必死だった「心の声」は
ネットの中から聞こえてくるようになった
個人ブログ、2チャンネル
ツイッター、フェイスブック、etc…
たくさんの場所からたくさんの声が
発せられている

「ムカツイタ」
「好きになった」
「感動した」
いったい何をわかって欲しくて
発信しているのだろう?
多分、自分自身が一番
自分の本音が何なのかはわからないから
人の言葉に共感した時は
もうそれは自分が言ってる事のように思ってしまったり
自分に共感してくれる人には
親近感を感じたりするのだろうなあ

現代に、もし七瀬がいたら
「ワタシをわかって欲しい!」
「ワタシって何?」
自分探しが大好きな人にとっては
救世主かもしれない
「七瀬さん、ワタシの心を読んで
ワタシをわかってちょーだい」なんていう人が
けっこういるかもしれないね!